ある高校の先生との会話で(後編)
高校3年時にお世話になった担任の先生に報告しに来たその生徒。
センター試験で764点取れたので今年は予定通りに医学部を受験すること。
ただそれだけを母校の元担任の先生に報告しに来たはずだったけれど、
今の彼の目の前には、ずら~っと先生たちが並んでいる光景が広がっている。
そして、自己紹介が始まった。
「初めまして、物理のスーパーティーチャーの〇〇です」
「化学のスーパーティーチャーの〇〇です」
「英語のスーパーティーチャーの〇〇です」
「そして…数学担当は…元担任のこの俺!」
「はい?どういうことですか、先生?」
「俺たちが君の今後の試験までの受験勉強を全面的にバックアップしてあげるよ」
「ええっ、何でですか?」
「それは…お前を確実に医学部に合格させてあげるためだよ!」
「え、だって、おれ今、北斗塾予備校に通っているし…」
「そんな地元にある訳の分からないところじゃなくて俺たちに任せろ!」
「いや、でも…」
「お金なら心配するな。いらないから」
「えっ、本当ですか!?」
「本当だ、心配するな。練習問題も全部用意するしわからないところも全部教えるからさ」
「先生…そこまでして俺のことを…本当にありがとうございます!」
その出来事からからほどなくしてその生徒の母親から私に電話があった。
息子がどうしても元担任を始めとする学校の先生たちに残り1ヵ月間お世話になりたい、と。
スーパーティーチャーと呼ばれる先生たちが自分のためだけに時間を使って指導してくれる、
お金はかからない、無料で個人的にわからないところがあれば全部指導してあげる、と。
お母さん自体は北斗塾予備校を自分が見つけてきたという自負もあって本人には、
「お母さんは今のままでいいと思うよ、(学習の)環境を今さら変えなくていいと思うよ」
そのように熱心に言ってくれたみたいだったけれど、
その生徒からすれば目の前に並んだ「スーパーティーチャー」たちがまぶしくて、
その先生たちに指導してもらえれば僕は絶対に合格できる、
こんな夢のようなチャンスは2度とない、
そのように興奮してお母さんを一生懸命に説得したらしい。
「そういったわけで…、塾長先生、言いにくいのですが本当に申し訳ありません、すみません…」
何度も何度もそう言われた私は生徒本人の気持ちを優先してあげることにした。
気持ちよくあと1ヵ月の受験勉強をしてもらいたかったからだ。
「がんばれよ、〇〇くん…お母さんのためにも…(絶対に合格してくれよ)」
無念でたまらなかったが、私は最後にはそう思いながらお母さんとの電話を切ったのだった。
「スーパーティーチャー…か。いったい何者なんだろうか、その人たちは…」
彼のために用意した大量の対策プリントは私の机の中の奥の奥に全部しまわれた。
それから、あっという間に日にちが過ぎた。
そして前期試験の合格発表の日がやってきた。
その日まる1日待ったけれども、彼からもそのお母さんからも合格の報告は結局来なかった。
(続く)