塾長の考え

塾長の考え(父親)①

昨日は3月9日。

父親の誕生日だった。

もう昨年の10月からずっと寝たきり。

現在は病院にいる。

2週間ぶりに会いに行く。

一言だけ直接的に言いたくて。

「誕生日おめでとう」と。

 

いつものように●●病院に着いた。

昨年9月までは3階に入院していたけれど、

今は同じ病棟だけれども4階に移されている。

3階にいたとき面会前は必ずだったが、

手を洗うところを看護師さんに、

じ~っと監視されていた。

体温もチェックされて…。

その厳重さが面倒くさいのだけれど、

正直なところ「いいことだな」と思っていた。

それが、今は素通り。

「面会前に手洗いですよね?」と、

袖をまくって手洗い場に行こうとしても、

看護師さんからは笑顔で、

「いえ、結構ですよ~」の一言。

4階の患者を見舞う者は、

3階の患者を見舞うときとは違って、

厳重チェックなしで肉親に面会できる。

いとも簡単に。

 

「来たよ~、お父さん、元気?」

父親が元気ではない状態だと、

先々週に来た時にわかっているのに、

あいさつ代わりに言ってみる。

「元気…だよ…」

父親の歯はもうほとんどなくなっていて、

何しゃべっているかわかりにくい。

口から食べ物を入れられないので、

鼻から栄養分を体内に入れている状態。

もうまともに食事ができる状態ではない。

 

前回は何を言っているか聞き取れなくて、

帰る時に病室の外で涙が出たが、

今日は前回よりも若干だけど聞き取れた。

たったこれだけのことが嬉しい。

 

「お父さん今日は何の日かわかる?」

「…ん~、〇▽◇…」

「な~に言っているか、聞こえないよ」

「〇△□…△〇…」

「あのねぇ、今日は誕生日だよっ(笑)」

ちょっと大きめの声で言ってみる。

反応が薄い。

今度は大きめの声でゆっくりと言ってみる。

「今日は3月9日だよ~、わ・か・る?」

ちょっとだけ大きく目を見開いた。

不思議顔。

自分の誕生日が、

…もうわからなくなっているのか。

 

「誕生日おめでとう~」

「…(キョトン)」

「なんと今日で88歳だよ~」

「…」

「長生きしたね~」

寝ている父親の左肩をさすってみる。

「…」

「長生きしてくれてありがとう!」

「…ん、うう…〇△□▽〇…」

「え、聞こえないよ?」

「…」

「長生きしてくれてありがとう、お父さん」

こっちを見ている父親の眼が、

かすかだけど潤んでいるようだ。

「(伝わっているのかな…どうかな…)」

「や、やっちゃん…」

自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。

ハッキリと聞こえた。

「おおっ、どうしたの何??」

「…給料…天引き…払って…」

「は、給料?天引き?」

「…」

「え、何言っているの?」

「塾生は…たくさん…いる…の…?」

「何言っているんだよ、今そんなこと…」

「…お金…かかって…だい…じょう…」

「何言っているんだよ、何も心配ないよ」

「い…き…、生きてて…いいの…」

 

その瞬間、

世の中全体の時が止まったと思った。

 

(続く)

 

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