超二流9
将棋の元名人で永世棋聖の米長邦雄氏(日本将棋連盟会長)と、コンピューター将棋ソフトの「ボンクラーズ」が対戦する「第1回電王戦」が2012年1月14日開催され、ボンクラーズが113手で米長永世棋聖を下した。
公式の場で男性棋士がコンピューターソフトに敗れるのは初めてのことだった。
中盤までは米長永世棋聖が鉄壁の守りを築いたのだが、途中で1つのミスしてしまい、そこを突いてボンクラーズが猛攻を開始し、ひとたび優勢になるとコンピューター特有の完璧な指しまわしであっという間に米長会長の王将を追い込んで投了させたのだ。
勝つためには「人間側の1つのミス」で人工知能側としては十分だったのだ。
引退していたとはいえレジェンドの米長永世棋聖圧倒した対局は戦慄を覚えるのに十分だった。
「ミスをしたのは、私が弱かったからだ」と米長会長は自身の負けを清く認めた。
コンピューター将棋は私の記憶ではこの当時に急激に強くなり、実力はもはやプロレベルになったのではないだろうかという状態だった。
当時の第1回電王戦に登場した「ボンクラーズ」は技術者・伊藤英紀氏が開発した将棋ソフトであり、2011年5月に開催された第21回世界コンピュータ将棋選手権でも優勝し、当時最強のソフトと言われていた。
一見ふざけているように見えた「ボンクラーズ」という名前も、実際は強豪ソフトとして知られる「ボナンザ」のプログラミングを応用し、複数のコンピューターを結合する「クラスター」技術で強化されたことから命名されたもの。今回の対局では富士通のブレードサーバー6台をクラスタリングした上で1秒間に1800万手読むという圧倒的パワーで米長会長を粉砕したのだった。
この結果を受けてコンピューター側は、「羽生善治を出せ」と再度要求し、
将棋連盟側も応対せざるを得なくなったのだが、譲歩案を出して交渉。
年間に1人だけ男子プロ棋士を選出し5年間対局をする、というものだった。
コンピューター側は(遂に羽生が出てくるのかと思い)、
「では、来年は誰なのか?」
と問い詰めると米長会長の口から出た代表は、
男子プロ棋士で若手のトーナメント(加古川清流戦)でその時優勝した棋士、
「船江恒平」四段だったのだ。
「(はぁ???)」とコンピューター側は思っただろう。
内定していた今後5年間の対局も白紙になった。案が撤回されたのである。
結局のところコンピューターソフトの優秀さを証明したいというコンピューター側と、
安易に(現役の)男子プロ棋士を対戦候補として出して、
コンピューターソフトにもしも負けてしまえばプロ棋士としての価値が下がる、
そう恐れる連盟側の思惑には当然のごとくにギャップがあり交渉が難航したのだ。
しかし、勝ったものは強く、発言力がある。
将棋連盟側も相手が納得できるような対案を出さなければならなくなったのだ。
必死に連盟の牙城を守ろうとした米長会長だったが、
人工知能の驚異的な力の前に、
本来ならば守らなければならない大事な後輩たちを、
不本意ながら戦場に駆り出さなければならない状況となったのだった。